4月24日の更新情報
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龐統:鳳離の異名をとり、落鳳坡という地にて死んだというのはできすぎなのでやっぱり演義の創作なのだが、落鳳坡という地名は実在する。演義が充分に知名度を得た後、後付けされた地名と思われる。ちょうど荊州から雒城(を経て、成都)へ向かう途中、雒城のほど近くにある。坡は坂という意味。
— 偏見で語る三国志bot (@biased3594) 2018年4月24日
鮮干輔:異民族っぽい姓。出身が幽州漁陽郡で鮮卑と関係あるかも。異民族に寛容な政策をとっていた劉虞に仕えていたが、彼は異民族しばきマン公孫瓚に殺されてしまった。袁紹と組んで公孫瓚を潰すと、抜擢した田像が曹操に帰順せよとし従う。官渡戦後幽州6郡を任され、北方民族との交渉窓口となる。
— 偏見で語る三国志bot (@biased3594) 2018年4月24日
呂布:一時期袁紹の下にいたことは有名ではない。界橋の戦いで公孫瓚を叩いた袁紹が今度は黒山賊張燕と戦っている最中に呂布が袁術から追い出されて来たので受け入れ起用した。大活躍してこの時に「人中の呂布、馬中の赤兎」という言葉が生まれた。戦いが終わったら勿論走狗烹られそうになって逃走した
— 偏見で語る三国志bot (@biased3594) 2018年4月24日